メインランドから離れた場所で生きること

 今日は久しぶりにこえび隊が来てくれた。なんとハワイから。アメリカ人の父親と日本人の母親の間に生まれたエイミーは、ハワイの高校生。しっかりとした意見をもって話す様子に、すっかり大人だと思ってしまった僕は、途中で高校生と教えてもらいびっくり。毎夏、祖母のいる日本に来るというエイミーの日本語はかなり自然だけど、本当の母語は英語。どことなくカタカナで表記したくなるカラフルな音の日本語を使う。「おっとっと」ではなく「オットット」とか、そんな感じ。
 アート系の高校に通っているというエイミーは受付の合間にドローイングやスケッチをしてくれて、八十郎の家をたのしんでくれた。
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 高校を卒業したらどうするの?と訊くと「たぶんメインランドでデザインの勉強するために大学にいきます」と言う。その「メインランド」という島からの視点の単語が、トゲのように僕の心に刺さる。でも、もちろんエイミーには普通の言葉。それからもエイミーはお客さんがいないときにはダンゴ虫やイモ虫を無邪気にいじっていた。
 そして昼食の後の穏やかなひととき。のんびりしていたら、突然の放送音。近くで行われるイベントの告知。やたらに大きな音、大きな声。過剰に明るい口ぶりで案内されるイベントへの誘い。驚くエイミーと毎度のことにうんざりする僕。エイミーは「何、これ?」という。イベントの案内であることを説明すると、「島の人に迷惑デスネ」というエイミー。結局「そうなんだよね。これをやっている人も仕事だからやっているだけなんだけどね」という僕のとてもつまらない発言で会話は途切れた。たっぷりの沈黙の後、エイミーが「戦争みたい」とつぶやく。僕らは話題を変えた。危険地帯を避けて歩くように。
 やがてハワイのワンダーガールはどうしたことかセミの抜け殻を集めだした。手のひらいっぱいの抜け殻を持って歩く高校生はまぶしいくらい健康的。ちょうどいい空き瓶がなかったので、ビワの種が入っていた瓶から中身をとりだして洗った。瓶が乾いたらセミの抜け殻を入れるためだ。抜け殻はとりあえず受付のテーブルの上に山にしておいた。
 豊島タワーをつくってくれた藤崎さんが今日も来てくれた。エイミーがハワイに住む日系人だということから、なんとなく再びハワイや島の話に。「メインランド」という言葉に興味をもったことを僕がエイミーに告げると、「だって(メインランドを)アメリカって言うのは変だから。でも、メインランドの人にはメインランドと言っても通じない。わかってくれない。」とエイミー。
 「豊島の人も、高松を本土と言うからな」と藤崎さん。だけど、藤崎さんの両親が九州出身で、藤崎さんはいわば豊島の移民2世であることを、藤崎さんも僕もエイミーに説明しなかった。あまりに話がややこしくなるような気がして。
 それでも、どこかと隔たった小さな土地=島について3人が同じ時間に考えたことは確かだ。ごく短い時間だったけど。3人の考えていたことは、きっとそれぞれ違う。僕が考えていたのは、「メイン」ではない場所、メインランドの外側でありつつ、また別のどこかとの間にある場所。八十郎の家に貼ってある豊島の唄がもともとはハワイの唄で、それに日本語の歌詞をつけたものだということ。あるいは、豊島で藤崎さんに出会えた不思議。そしてエイミーの存在自体が邦と邦の間で揺れる「シマ」であること。人の心が島であること。悲しいでもなく、うれしいでもない。しかし、そのどちらでもある島という状態。メインランドから離れた場所で生きる選択をした人たちと、その子どもたち。
 おもしろいことに、それからテーブルの上においてあるセミの抜け殻に話題が移った。「それ、どうしたの?」という藤崎さんに、エイミーはついさっきこのあたりで拾ったことを話す。「ハワイにはセミがいないんです。メインランドにはいます。日本のセミとは違うけど」と言うエイミーは、藤崎さんと僕にゲームをしかけているような気もする。なんとなくだけど。でも、ただ豊島と八十郎の家を無邪気におもしろがっているようにも見える。
 しばらくして、仕事に戻るという藤崎さんは帰り際に「あの抜け殻はなんというセミか知っていますか?」と僕とエイミーに問いを発した。首をふる僕らに、藤崎さんは「クマゼミです」と教えてくれた。その呼称は体の大きさによるものだろうということ、鳴き声がミンミンゼミとは違うこと、関東にはいないだろうけど温暖化でその生息地も変化している可能性があることなどが話題に上った。
 藤崎さんが帰った後もエイミーは八十郎の庭を歩きまわり、小さな虫をつかまえてはたのしそうにしていた。エイミーがサンダル履きのまま草むらの中に入っていったので、ムカデに注意するように言うと、「ウヒャー」と叫びながら走って逃げてきた。ワンダーガールもムカデは嫌いみたいだ。「ハワイにもムカデがいっぱいいます。ダイキライデス」断定的な意味の部分が平板な音で強調されておもしろい。
 あっという間に夕方。瓶はまだ完全には乾燥してなかったので、僕は瓶の中にタオルを入れて拭いてから、エイミーに手渡した。クマゼミの抜け殻を瓶の中に入れてテーブルの上においたエイミーは、てきぱきと荷物をまとめてから大きな声で「アリガトウゴザイマシタ」と言って去っていった。
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