「島と本、本と島」(2)

8月8日(日)は淺野卓夫さんのワークショップ2回目。参加者は前日と比べるとだいぶ多い。
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本を1冊選んでもらってから散歩に出かける。今回の目的地は農民福音学校の跡地。
僕が瀬戸内国際芸術祭を機に神奈川から豊島に移住することになり、その準備をしていたころ、淺野さんから彼がブラジル滞在時代に出会ったワルテル・ホンマという日系1世の話を聞いた。
2000年から3年間ブラジルに滞在していた淺野さんは、日系農場コミューンで牛飼いをしていたワルテル氏から多くを学んだ。ワルテル氏は淺野さんが日本のアカデミズムの中で接してきた人間とはまったく違っていた。大学人のように本を読む人ではなかった。厳しい移民体験、過酷な労働と貧しい生活。書物とは無縁の場所で「世界とは何か」を思考し続けた人だった。
日本から離れてブラジルに根をおろして生活したワルテル氏は故国の人を煙たく思っていた。そのワルテル氏がほとんど唯一人心を開いた日本人が藤崎精一さんだった。日本では豊島農民福音学校を運営し、全国から集まる研修生に立体農業(現代の循環型農業に近い農業方法)の指導をしていた。その活動は国内に留まらず、立体農業の指導のために海外にも足を運び、ブラジルには6度も訪れていた。
ワルテル氏はしきりに「フジサキ先生」と口にしていた。その口ぶりから藤崎盛一氏を深く尊敬しているのがよくわかった。しかも、淺野さんはワルテル氏から「もしアンタが日本にもどることがあったら、自分の代わりにフジサキ先生の墓参りをしてほしい」と頼まれていた。
そんな話を聞いてから、今年の4月15日、僕は初めて豊島を訪れた。芸術祭のスタッフが地元の自治会長を紹介してくれた。その男性は藤崎盛清と名乗った。藤崎盛一氏のご子息、藤崎盛清さんだった。その後、藤崎盛清さんには言葉で説明できないくらいお世話になった。

1998年に豊島で藤崎盛一氏が亡くなった。
2002年にブラジルでワルテル・ユキオ・ホンマ氏が亡くなった。

本のワークショップといいながら、農民福音学校ゆかりの地を訪ねた。驚く人もいたかもしれない。でも、そうせずにはいられなかった。かつてブラジルの都市部から離れた農村地帯で藤崎盛一とワルテル・ホンマが出会った。時を隔てて、ワルテル・ホンマと淺野卓夫との出会いがあった。
それは本からも遠く離れた場所だった。実際、読書人としての我々に大きな収穫を気前よく提供してくれた書き手の中には、本のない世界に身を投じて考え、生活してきた人たちがいる。野生の思考。労働の智慧。本のある世界で、本のある世界のことしか考えられなくなることは不自由極まるし、本もつまらなくなる。本は本でない何かを常に記述してきた(それは芸術も同じことで、作品を見ることにばかり時間がとられ、島に訪れながら島を見れない芸術祭の仕組みは考え直すべきだと思う)。いずれにしても、本が世界を記述し人間の想像可能性を拡張してきたことは疑う余地がない。
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農民福音学校まで歩いてから、藤崎盛清さんに父・盛一さんや農民福音学校のことを説明していただいた。農業が近代化し、単一作物・大量生産が主流になっていった時代に、より大きな視点で立体農業を説いて実践した藤崎盛一氏の活動は興味深い。その教育の中に人間の本来的な意味での生活や創造についての洞察があったのは間違いない。
風が通る木立まで移動してから、前日と同様に各自本をとりだし、ページをパラパラとめくった。見ることばかりをお客さん(という設定の人たち)に強いて、参加する仕組みがあまりに貧弱な芸術祭で、本を読まずに風を通すのは痛快だった。八十郎の家ももっと工夫しないとね。
それから藤島八十郎の家に帰って、休憩の後、淺野さんがブラジルでのワルテル氏との出会いからはじまって今回の豊島のワークショップにいたる経緯を、その熱い気持ちとともに話してくれた。ふたりの故人、日系移民、本のない世界、立体農業、ブラジル、豊島。
本のワークショップという言葉からは想像もつかない話題。だけど、みんなが淺野さんの言葉に注目していた。ワルテル老人の熱が移ったかのように、我々も発熱していた。
淺のさんの話の後は小さな本づくり。これも前日と同じ。本を読むだけではなく、本をつくることによって、本との関係が変わる。本が本である前に、より大きな紙であること。大きな紙を折って閉じれば小さな本ができる。手書きのノンブルがふられた小さな16ページの手製本に、それぞれが選んだ1冊から書き写し、最後のページにフロッタージュを施し完成。藤崎盛清さんも参加して、手製の『森の生活』をつくっていた。これでワークショップは終了。
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参加者は満足してくれただろうか。僕にとってはとても手ごたえのある時間だった。充実しただけに、ひどく疲れた。でも、何かが終わって、また新しい何かがはじまる予感がした。藤崎盛清さんのご協力と淺野卓夫さんの友情に感謝。本当に本当にありがとうございます。
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