30年の不在が

島に空き家があった
主が不在の家に人は訪れない
人は家を訪ねるのではないから
人が家を訪れるのは、そこに住む人に会うためだから
その家に主がいなくなってから30年が経っていた
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人の不在が少しずつ家を家とは違うものに変えていこうとしていた
30年間の人の不在が家を少しずつ壊していった
川の流れが土を削り石を運ぶように、ゆっくりと
風が瓦を動かした
雨水が瓦と瓦の隙間から浸入し、床に落下した
水分をたくわえた畳は直線と緊張を失った
畳はそもそもの存在に、すなわちただの草に戻りたがっていた
垂直を保とうと役割を果たす柱と重厚な家具が、
畳に畳であるように促した
外壁の薄い波板は緩やかに酸化した
風が錆びた波板をところどころ吹き飛ばし、
土壁をむき出しにした
土壁も攻撃され、ただの土に帰ろうとしていた。
時間が家をそれぞれのマテリアルに帰そうとしていた

それでも家は誰かがそこに住んでいたことを記憶していた
埃がかぶった食器、黴臭い浴槽、ひしゃげた窓枠、たんすに詰め込まれた服
納屋には農具が積み重なっている
けれどもそこには誰も訪れなかった
なぜなら誰もいないのがわかっていたから

空き家に30年ぶりに人が住むことになった
家が30年ぶりに出会った人の名は藤島八十郎という変な名前だった
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