眺めのいい場所(2)

八十郎の留守中に芸術祭が始まった。留守番していた僕は、たくさんの人が「いい眺めですね」とつぶやくのを聞いた。実際、台所からだけではなく部屋の窓からの眺望も素晴らしい。八十郎の家から下る坂道のはるか向こうに海が見える。他の島や岡山も見える瀬戸内海らしい景色。
だが、そんな眺めのいい家は島に他にもある。例えば、八十郎の家をつくるのを手伝ってくれた藤崎盛清さんの家も、海側を眺めると驚くほど見晴らしがいい。そして、そのすぐ近くにある盛清さんの父親、盛一さんが建てた家も。
藤崎盛一さんは農民福音学校というキリスト教の精神を基盤とした農村の生活技術を学ぶ学校を運営していた。はじめは東京の世田谷で開校していたのだが、田園地帯だったのが住宅が増え始め徐々に郊外化していくのを見て、適切な場所を探して豊島に移動してきた。自宅が学校だった。一緒に寝泊りし、生活がまるごと学習の場であり時間だったようだ。
藤崎盛一さんが豊島で自宅を建てるときに選んだ場所は、豊島に台風が通ると一番風が強く当たる場所だった。集落の中心地からも離れているし、決して便利な場所ではなかった。島の人はあんな場所になぜ、と思ったことだろう。だが、眺めは最高だ。藤崎さんによると盛一さんは「台風なんか来たとしても年に2、3回でしょう。それを我慢すればいいんだから、毎日いい眺めを見れたほうがいい」と言っていたそうだ。毎日の生活を重ねていく上で何に価値をおくかで人がわかる。藤崎盛一さんは、家からの眺めと同じくらい素敵な人だったに違いない。その価値観を藤崎盛清さんも受け継いでいる。
八十郎みたいなおっちょこちょいなやつ以外にも、眺めがいいという理由で場所を選ぶ人はいたわけだ。
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