カテゴリ:八十郎をつくる三十郎の日記( 46 )

藤島八十郎の家ですてきでたのしい催しを企画しています。
瀬戸内海と海洋文化について、社会学者の山田創平さんに語っていただきます。瀬戸内海独特の地勢、文化、歴史について想いをめぐらせてみましょう。
10月17日13時からです。ぜひお越しください。
詳細は下記の通りです。

「瀬戸内海と海洋文化について語る」

ゲスト:山田創平(社会学者・京都精華大学専任講師)
ホスト:管巻三十郎(比較文化研究・藤島八十郎をつくる担当)
    藤浩志(美術類実践・藤浩志企画制作室勤務)

日時:10月17日13:00~15:00
会場:藤島八十郎の家(瀬戸内国際芸術祭作品番号23番/香川県小豆郡土庄町豊島唐櫃1035-6)
参加料:無料(ただし、会場となる藤島八十郎の家への入場は瀬戸内国際芸術祭のパスポートもしくは個別鑑賞料300円が必要です。地域住民や藤島八十郎の関係者は入場料は必要ありません。)

「藤島八十郎の家」で新進気鋭の社会学者・山田創平さんに、瀬戸内海地域が育んだ独特の文化についてお話をしていただきます。
瀬戸内海は世界的視野から見ても恵まれた環境の多島海です。臨海地域や島には古くから人が住みつき、自然との共生が行われてきました。また交易の舞台としても重要な役割を果たしてきました。瀬戸内国際芸術祭の舞台となる瀬戸内海を、歴史的および地理的により大きなパースペクティブから考える機会にしたいと
思います。


■山田創平(やまだ・そうへい)プロフィール
京都精華大学人文学部専任講師。文学博士。
1974年群馬県生まれ。名古屋大学大学院国際言語文化研究科博士課程を修了後、厚生労働省所管の研究機関や民間のシンクタンクで研究員・リサーチフェローをつとめ、2009年より現職。専門は都市社会学、都市における感染症対策。また現在、厚生労働省科学特別研究事業研究班員、特定非営利活動法人関西エイズ対策協議会理事 、京都産業大学キャリア教育研究開発センター客員研究員を兼任。2008年に名古屋大学名誉修了者賞を受賞。

※「藤島八十郎の家」は、瀬戸内国際芸術祭2010の参加作家・藤浩志の作品『藤島八十郎をつくる』における架空の人物「藤島八十郎」の家です。「藤島八十郎」という人物は架空ですが、「藤島八十郎の家」は実在します。
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9月26日に、日比野克彦さんのプロジェクト瀬戸内海底探査船美術館「一昨日丸」のイベントがあります。会場は豊島の唐櫃地区の3箇所です。豊島唐櫃公堂で水中考古学のお話、島キッチンでワークショップの後、なんとなんと藤島八十郎の家で「豊島鼎談(ていだん)」があるそうです。
水中考古学とは、なにやらおもしろそうです。瀬戸内海は日本の各所を行き来する船が通った重要な海。瀬戸内海地域のことだけではなく、いろんな場所の歴史と関係してきそうです。いったいどんなお話を聞けるのかたのしみです。
それにしても、おっちょこちょいの八十郎の家でこんなたのしそうなイベントが行われるとは…。八十郎は幸せなやつです。
ぜひ、このイベントに足を運んでみてください!
詳細は下記の通りです。


■ 【瀬戸内】瀬戸内海底探査船美術館「一昨日丸」始動

9月26日(日) 瀬戸内海底探査船美術館「一昨日丸」が動き始めます!

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海の底には、昔々の落し物が落ちている。

誰にも見つけてもらえなく、長い時間そのまま、ずーと落ちたまま。

海の中には記憶がある。

その記憶をそーと拾い上げてみたくなったんです。

それが海底探査船美術館プロジェクト!

長期計画プロジェクトとして、瀬戸内国際芸術祭にエントリーしてはいるが、

その実態はまだ誰も知らない。

しかしついに!9月26日にこのプロジェクトの長い旅が動き始めます。

慌てず騒がず、のんびりと、

海の底に流れている時間に合わせてはじめます。

日比野克彦

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日程:9月26日(日)

会場:豊島 唐櫃集落(唐櫃公堂、島キッチン、藤島八十郎の家)

スケジュール:

11:00〜12:00 水中考古学のお話を聞こう(会場:唐櫃公堂)

お話:野上建紀さん、吉崎伸さん(水中考古学者) 司会;日比野克彦

12:30〜14:30 海底探査船美術館ワークショップ(会場:島キッチン)

15:00〜17:30 豊島鼎談(会場:藤島八十郎の家 ※「藤島八十郎の家」は藤浩志さんの作品です)
このあと、懇親会を予定しています。どなたでもご参加歓迎致します。
ただし、懇親会に参加をされる方は、豊島に宿泊するご用意を忘れずに。(船がなくなってしまうため)

会場が3箇所にわかれていますが、いずれも徒歩で2分程度のところにあります。

豊島の家浦港や唐櫃港に到着されたら、芸術祭会期中に島内を巡回しているバス(無料)に乗車し、

「千代田池」か「清水前」のバス停で降車してください。
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8月13日から15日の3日間、香川大学経済学部の授業が豊島で行われ、島民も参加できるということなので聴講してきた。3日間を通じて「協働」がテーマ。はじめの2日はフィールドや座学で学習し、最終日のワークショップでそれまでに得た知見を踏まえて、「協働」についての映像を制作・発表するという流れ。フィールドワークやワークショップが多くてかなり実践的。こういう授業を学部のうちに受けられるのはとてもいいこと。香川大学の学生は幸せだと思う。ゲスト講師として高橋直治先生(東京造形大学得任教授)らとともに
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知人の川部良太君の名前があってなんだかうれしい。
13日は、石井亨先生の案内で産廃の現場とこころの資料館に。4月に豊島に入ったけど実は初めてです。うーむ、やっぱりすごい。想像もつかない物量。そして事件の異様さ。運動の過酷さ。環境が破壊されただけではない。誤解と心無い誹謗中傷が豊島に人の心に深い傷を残したことを改めて思い知らされる。
その後、芸術祭の横尾忠則の作品を見てから、甲生地区の片山邸や壇山を経由して唐櫃地区の公堂に。
昼食後は石井先生の講義。「共同体と自治の変遷」(3限)と「アートで地域は元気になるのか」(4限)で、どちらもかなりおもしろかった。石井さんが豊島や産廃事件に詳しいのは当然だが、越後妻有や佐久島、日間賀島、神山町などアートプロジェクトの現場にも足を運び、地元の人に丁寧に取材していることには驚いた。神山町については、いつか行きたい場所から、絶対に行かなくてはならない場所に変わった。
夕方みんなでバーベキューを食べて自己紹介、そしてグループに分かれて一日を振り返るミーティング。かなりくたくたになった。
14日は石井先生が唐櫃の清水とその下の棚田を案内してくれる。その後、グループごとに分かれて島の住民にヒアリング。藤島八十郎の家で藤崎さんに取材するグループがあったので僕も同行。藤崎さんに豊島のことや芸術祭について学生たちがいろいろ聞いていた。藤崎さんらしい思慮深い話に学生たちも感銘を受けていた様子。
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午後は香川大学の原直行先生が「豊島のミカタ講座」と題して、実際に歩きながら豊島の見所を解説してくれた。とくに興味深かったのは、道にはタテの道とヨコの道があるという話。タテの道は上に上がる道、すなわち山に通じる道、あの世につながる道、信仰の道。ヨコの道は集落と集落を結ぶ、交易の道。藤島八十郎の家の近くにはタテの道とヨコの道が交差する地域の重要なポイントがあることも教えてもらった。
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歴史の知識があると地域を歩くのがおもしろくなる。豊島を理解する上で重要な石と水についても原先生は丁寧に解説してくれた。棚田を歩いているときも、コシヒカリとヒノヒカリの違いなど、農業について知っている人には基本的な情報だと思うけど、そういう植物の特性と土地のあり方の関係を見ていくのはやはりおもしろい。ちなみにコシヒカリは背が高くなるので台風の前に稲刈りをしないと倒れてしまうそう。だからコシヒカリの収穫は終了している。背が低くて比較的風に強いヒノヒカリの収穫はこれからだそうだ。
原先生はまだまだ引き出しがありそう。僕はすっかり原先生のファンになってしまった。今後もいろいろ教えていただきたいと強く思った。
公堂に戻って西成先生の景観学の授業。そして夕食の後、ディスカッション。
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この日は前日より島民も増えた。学生たちは、まだ明確な言葉にはなっていないけれどフィールドから何かを得ているようだ。島民と学生のディスカッションで、僕は島民側に。にわか島民なのでなんだか申し訳ない。島の人にも、学生にも。でも、そんな中途半端な立場がもっともおちつく妙な性格であることも確かなのだ。40数年ぶりに豊島に戻って生活を始めた人の「街にはなにもない」という言葉に深く共感。もちろん世の中の多くの人は反対に「東京にはなんでもある」と言う。でも、その「なんでも」の99.9%は商品だ。商品としての食べ物、商品としてのアート。
15日は映像ワークショップ。題して『いま・ここにある協働をみつける』。ワンカット無編集の映像で「協働」をテーマにした映像を制作し、夜に島の人も招いた公開の講評会が行われた。
僕は島キッチンを取材するグループに同行。はじめはどうなることかと思ったが、このグループはねばり強く取材していた。それにしてもこの課題はかなり難しい。たしかに豊島は「協働」が行われている。多くの地域が近代化によって失った「協働」が残っているのが豊島の財産だ。けれども、それをワンカットの映像で示すとしたら僕は何を撮影するだろうか。
というわけで発表会。
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映像の出来に差はあっても、どのグループもそれぞれ努力していたのがわかる。全体的に先生たちの講評はかなり厳しいような気がした。でも、その厳しさが大切。何も見えてない、何も知らないことを自覚するのが大学時代。情けないのは僕もいまだにその段階だということ。まだまだ何も見えていないのを再確認した3日間だった。島の人が厳しくも暖かい目線で学生たちを見ているのがよかった。豊島の人は理解されないことに寛容だと思った。誤解には慣れているからだろうか。その優しさ、あたたかさの裏には悲しさがある。悲しいけど明るい。問題はあるけど、希望もある。島民自身でなんとかしてきた島。
それにしても豊島の人たちの知的な関心の高さには頭が下がる。その知的関心欲は学業のためのものではなく、島の生活による経験に基づいているのだ。
授業が終わったのは22時くらい。その後、石井先生や高橋先生たちとビールを飲みながら芸術祭や豊島についてあれこれ話した。高橋先生の熱い気持ちや、川部先生がワークショップの進め方をすごく反省していることに感銘を受けた。あっという間に深夜3時に。さすがに倒れるように眠りました。
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 9月11日と12日は八十郎の庭をいじるワークショップを行った。11日は8月末のワークショップと同様、はじめに八十郎の庭をフィールドワークから。
庭をフィールドワークした情報をもとに八十郎の庭をどういじっていくかアイデアを考えてもらって発表。次のようなアイデアがでてきた。
・ハンモック計画
・石垣の手入れ
・旗をのれんにするか立てるか…
・すべり台をつくる
・ブランコなどの遊具をつくる
・石をつかったオブジェ
・ドラム缶のお風呂
・縁側をつくる
・草刈りした草を活ける
・五右衛門風呂を沸かす
・井戸で『貞子』ごっこをする
 いつか実現したいアイデアがいろいろ出てきて、これを元に今後の展開を考えることもできそう。ちなみに、これは未来の八十郎の庭をイメージするためで、すぐにどうこうするというわけではありません。でも、会期中に実現する可能性もある。
 午前中のうちに少し草刈りをしてお昼ご飯の後は、ハンモックをつるす木の搬入。八十郎の家の前まで、藤崎さんがトラックで運んでくれた杉の木をみんなで庭まで持って行きました。かなり重たい。
 搬入した杉の皮をみんなでむくとつるつるしてきれいな木肌が出てきた。べりっと皮がはがれる感触がたのしくて、みんな夢中で作業していました。
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 さらにもう1本を藤崎さんの家の前から運んできて、再び皮むき。結局、ちょっと草刈りした以外は、木の皮むきで一日がおわってしまったが満足度の高い日でした。
 12日の午前中の参加者は11日と同じメンバーだったので、フィールドワークは行わずに木を立てるための穴掘りから。30センチほど掘ったところで硬い石が出現。なかなか手強い。藤崎さんや浅先さんと交代で、石を割っていきどうにか掘っていく。
 午後も再び穴掘りして、ついに午後4時ごろ約1メートル弱の穴が掘れた。杉の木の根本を穴において、細い部分に縛ったロープを引っ張って木を立てていく。4メートル以上あるのでなかなかの高さ。穴と木の隙間に土を埋めて叩いていく。
 ハンモックをつってとりあえずの完成。ずいぶん前からハンモックをつろうと言っていた浅先さんもご満悦です。
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それにしてもこの木はすごい。上にのぼっていくと豊島タワーを越える高さ。八十郎の庭に新しいモニュメントが誕生しました。昇ると絶景が見えます。これ。なんと名前をつけたらよいのか…。いっそのこと豊島スカイツリーでいいんじゃないかと思えてきました。
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8月28日(土)と29日(日)に行ったワークショップのレポートです。諸事情でご報告が遅くなりました。申し訳ございません。
2日間とも、基本的な流れは同じ。まず、僕(管巻三十郎)が「藤島八十郎をつくる」活動の説明を行った後に、参加者とこえび隊のみなさんに藤島八十郎の家を20分ほど自由にフィールドワークしてもらいました。
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庭やおおきなモノをどうしたらいいのか考えながら八十郎の庭をうろうろと。時間になったら集合してそれぞれのアイデアを発表。
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みんなで一番いいアイデアを選んで実行というのではなく、庭を含めた八十郎の家で何ができるかという可能性が広がるのを確認する作業です。人によって、見るポイントやいじりたいものが違っていて、お互い刺激を受けています。花の種をまく、遊歩道をつくる、おおきなモノにつるをはわせる、庭になっているイチジクを使ってコンポートをつくるなどいろいろなアイデアが生まれました。

午後はそれぞれのアイデアを念頭にいれつつ庭仕事。
スケジュールはほぼ同じでしたが、28日は庭の掃除や草刈り、花を植えたいなどガーデニングの部分で反応する人が多かったのに対して、29日に参加してくれた人たちはおおきなモノに関心をしめしていました。
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あまり告知もせず、ほとんど何も決めないで行ったワークショップですが、ありがたいことに東京から参加してくれた人も複数いて、好評でした。「こんなんでいいのかな?」と思いながら進めていたのですが、八十郎の家のスタイルでは、あまりきっちりとしたフレームをつくらずに参加者のモチベーションとアイデアをできるだけ活かせるようにしたほうがいいみたいですね。

28日で庭がだいぶきれいになり、29日は3つに分かれているおおきなモノの一番長い部分を東屋の横に立てました。奇妙な竹の塔。
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八十郎の庭は2段になっていて、上の部分に上がってくれる人が少なかったので、こっちにも何かありますよというメッセージ的な役割を果たしています。旗をつけましょう、というアイデアも生まれているので、これも後日実現したいです。実際、竹の塔ができてから上の段に上がってくるお客さんが増えてうれしいです。
しかし、まだまだこの庭は手を入れるところがいっぱい。おおきなモノも使い方はいろいろありそうです。というわけで、今後もこのワークショップを継続開催しようと思います。告知はブログで行うので、関心のある方はチェックしてください。
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藤さんは青森で森の中にこもって豊島の絵を描いているのかと思っていたら、なんとねぶたのシステムに注目していて絵は描いていないみたい。
そのへんがいかにも藤さんらしくて、やっぱりいい感じ。不自然なことをしてもよくないしね。
しかし、なんだかすごい偶然のような気がするのだけど、藤島八十郎の家でサウダージブックスの淺野さんがワークショップをしてくれた8月8日、同じ時間に島キッチンで危口統之さんの行っていたワークショップが藤さんがねぶたに注目するのと微妙にシンクロしているような気がしてならない。ピタリ、とではなく微妙なズレをもったシンクロ状態がうれしい。
危口さんの「おおきなモノを建物に搬入しよう!」というワークショップは、危口さんたちが竹でつくったおおきな構造物を唐櫃の公堂に搬入するというもの。入口がそれほど大きくないので、おおきな知恵の輪のような感じでみんなでああでもない、こうでもないと苦労しながら建物の中に入れる。危口さんは「みんなでものを搬入するのってそれだけでおもしろいから、ただそれだけをやろうと思った」というふうなことを言っていた。うーむ、たしかに搬入はおもしろい。つまらない展覧会も搬入はおもしろかったりする。なんだろう、あの感じは。
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実は淺野さんや僕たちも農民福音学校跡地に行く途中で寄り道(というかまわり道)をして、危口さんのワークショップの様子を見学してきた。
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なんだか、いい雰囲気。苦労している時間がおもしろいし、スリルがある。できあがった作品にはない、現場感。
そして、うれしいことに危口さんのご好意で、竹製おおきなモノを八十郎の家にいただけることになった。現在は3つにバラして、八十郎の庭においてあります。
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さてさて、搬入を難しくするためにつくられたおおきなモノを、どうやって使おうか?
近日中に八十郎の庭の整備とともに、このおおきなモノの使い方を考えるワークショップを実施したいと思います。本当は日常的にこういう素材をいろいろいじってもらえるようにしたいのですが…、芸術祭のパスポートを買ってもらった人にそういう体験をしてもらうようなことに芸術祭の事務局は無関心みたいで…。まぁ、とにかくできあがった作品を見せればいいということなんでしょう。
この芸術祭は、作る人、手伝う人、見る人とか、そういう立場を固定化することにばかり専心しているような気がする。そして、そういう固定化した関係が僕にとってはもっとも関心がもてないものだ。とてつもなく退屈。例えば、専門家ばかりの世の中っておもしろいですか?
豊島の人は、できることはなんでも自分でやります。すべてが商品の東京で、そこから外れた「素人の乱」の活動が数年前から注目されているけど、豊島の人はずっと前から「素人の達人」だ。僕にとってはアーティストよりも島の人のがよほどおもしろい。そして、多くのアーティストは島の人のおもしろさに気がついていると思う。でも、なぜか芸術祭はあんまりおもしろくなさそう。お客さんも大量の作品を見るのに忙しく、バスや船の時間が気になって島をゆっくり見る心の余裕はない。作品だけ見るならそれこそ美術館でいいはずなんだけどね。お客さんが悪いわけじゃなくて、芸術祭の仕組みの問題ですね。まぁ見ないでおもしろくないとか言うと「情報病」とか言われてしまうので、島とか地域と芸術祭の関係に興味がある人は、瀬戸内国際芸術祭に来ることをおすすめします。少なくとも豊島は、島そのものがおもしろいです。石垣がいいし、湧水がいいし、島の人がステキです。

とにかく危口さんはおもしろい人でした。島の盆踊りの練習に一緒に参加したり、いろんな話をしたり、いい経験をさせてもらいました。そういう人と出会えたのも芸術祭のおかげだし、そこは感謝したいです。危口さんも僕も、島の人から多くを学びました。それを、芸術祭に来てくれた人にどのように受け渡していくかという課題は大切にとりくみたいです。
竹製おおきなモノで何か作りたい人は、八十郎の家に遊びに来てください。ワークショップの実施が決まったらこのブログで告知します。もしくは、おおきなモノに興味をもってくれたお客さんと随時作業するとか、何かしらの仕組みを考えるとか、どうなるかはわかりませんが、何かしらのアクションをおこしていくつもりです。庭も荒れてきているんで、草刈りとか、掃除もしなくてはいけませんが、それもセットということでお願いします。
この件に興味のある人はメールをいただけると助かります。何か動きが生まれそうになったら、なるべくご連絡したいと思います。いろいろやることがあって、スムーズに連絡ができない場合もありますが、その際はご容赦ください。
とくに、こえび隊に登録している人が、ボランティア以外の日にこのおおきなモノをいじりたいと思った場合はご連絡をいただけると安心です。なんだか、明文化されていない拘束があって、いろいろうるさいんですよね。ごめんなさい。でも、こえび隊がプライベートでワークショップに参加するのは別に問題ないはず。たぶんだけど。まぁ、何を言ってくるかわからない組織だから、確実なことはなにもないのですが…。
メールアドレスは
masaunozawa★gmail.com
です。★を@に差し替えてください。よろしくお願いします。

えーと、青森のねぶたと何がシンクロしてたんだっけ…。構造体とか仕組みとか収納する仕組みとか、そういうことかな…。藤さんと僕の状況はいつもズレていながら、シンクロしているような気がします。でも、世界ってそういうものなのかも。
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8月8日(日)は淺野卓夫さんのワークショップ2回目。参加者は前日と比べるとだいぶ多い。
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本を1冊選んでもらってから散歩に出かける。今回の目的地は農民福音学校の跡地。
僕が瀬戸内国際芸術祭を機に神奈川から豊島に移住することになり、その準備をしていたころ、淺野さんから彼がブラジル滞在時代に出会ったワルテル・ホンマという日系1世の話を聞いた。
2000年から3年間ブラジルに滞在していた淺野さんは、日系農場コミューンで牛飼いをしていたワルテル氏から多くを学んだ。ワルテル氏は淺野さんが日本のアカデミズムの中で接してきた人間とはまったく違っていた。大学人のように本を読む人ではなかった。厳しい移民体験、過酷な労働と貧しい生活。書物とは無縁の場所で「世界とは何か」を思考し続けた人だった。
日本から離れてブラジルに根をおろして生活したワルテル氏は故国の人を煙たく思っていた。そのワルテル氏がほとんど唯一人心を開いた日本人が藤崎精一さんだった。日本では豊島農民福音学校を運営し、全国から集まる研修生に立体農業(現代の循環型農業に近い農業方法)の指導をしていた。その活動は国内に留まらず、立体農業の指導のために海外にも足を運び、ブラジルには6度も訪れていた。
ワルテル氏はしきりに「フジサキ先生」と口にしていた。その口ぶりから藤崎盛一氏を深く尊敬しているのがよくわかった。しかも、淺野さんはワルテル氏から「もしアンタが日本にもどることがあったら、自分の代わりにフジサキ先生の墓参りをしてほしい」と頼まれていた。
そんな話を聞いてから、今年の4月15日、僕は初めて豊島を訪れた。芸術祭のスタッフが地元の自治会長を紹介してくれた。その男性は藤崎盛清と名乗った。藤崎盛一氏のご子息、藤崎盛清さんだった。その後、藤崎盛清さんには言葉で説明できないくらいお世話になった。

1998年に豊島で藤崎盛一氏が亡くなった。
2002年にブラジルでワルテル・ユキオ・ホンマ氏が亡くなった。

本のワークショップといいながら、農民福音学校ゆかりの地を訪ねた。驚く人もいたかもしれない。でも、そうせずにはいられなかった。かつてブラジルの都市部から離れた農村地帯で藤崎盛一とワルテル・ホンマが出会った。時を隔てて、ワルテル・ホンマと淺野卓夫との出会いがあった。
それは本からも遠く離れた場所だった。実際、読書人としての我々に大きな収穫を気前よく提供してくれた書き手の中には、本のない世界に身を投じて考え、生活してきた人たちがいる。野生の思考。労働の智慧。本のある世界で、本のある世界のことしか考えられなくなることは不自由極まるし、本もつまらなくなる。本は本でない何かを常に記述してきた(それは芸術も同じことで、作品を見ることにばかり時間がとられ、島に訪れながら島を見れない芸術祭の仕組みは考え直すべきだと思う)。いずれにしても、本が世界を記述し人間の想像可能性を拡張してきたことは疑う余地がない。
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農民福音学校まで歩いてから、藤崎盛清さんに父・盛一さんや農民福音学校のことを説明していただいた。農業が近代化し、単一作物・大量生産が主流になっていった時代に、より大きな視点で立体農業を説いて実践した藤崎盛一氏の活動は興味深い。その教育の中に人間の本来的な意味での生活や創造についての洞察があったのは間違いない。
風が通る木立まで移動してから、前日と同様に各自本をとりだし、ページをパラパラとめくった。見ることばかりをお客さん(という設定の人たち)に強いて、参加する仕組みがあまりに貧弱な芸術祭で、本を読まずに風を通すのは痛快だった。八十郎の家ももっと工夫しないとね。
それから藤島八十郎の家に帰って、休憩の後、淺野さんがブラジルでのワルテル氏との出会いからはじまって今回の豊島のワークショップにいたる経緯を、その熱い気持ちとともに話してくれた。ふたりの故人、日系移民、本のない世界、立体農業、ブラジル、豊島。
本のワークショップという言葉からは想像もつかない話題。だけど、みんなが淺野さんの言葉に注目していた。ワルテル老人の熱が移ったかのように、我々も発熱していた。
淺のさんの話の後は小さな本づくり。これも前日と同じ。本を読むだけではなく、本をつくることによって、本との関係が変わる。本が本である前に、より大きな紙であること。大きな紙を折って閉じれば小さな本ができる。手書きのノンブルがふられた小さな16ページの手製本に、それぞれが選んだ1冊から書き写し、最後のページにフロッタージュを施し完成。藤崎盛清さんも参加して、手製の『森の生活』をつくっていた。これでワークショップは終了。
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参加者は満足してくれただろうか。僕にとってはとても手ごたえのある時間だった。充実しただけに、ひどく疲れた。でも、何かが終わって、また新しい何かがはじまる予感がした。藤崎盛清さんのご協力と淺野卓夫さんの友情に感謝。本当に本当にありがとうございます。
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8月7日(土)と8日(日)、サウダージ・ブックスの淺野卓夫さんを藤島八十郎の家に招き、ワークショップを行ってもらった。題して「島と本、本と島」。本のワークショップだけど、普通の意味での読書は行わずに、本をもって島を歩き、島と本について考え、そして本を作った。

8月7日。藤島八十郎の家で集合。まず淺野さんが用意した本と八十郎の本の中から、どれでもいいから1冊選んでもらい、それをかばんの中に入れて、スダジイの森に向かって出発。参加者2人とこえび隊2人、それに淺野さんと僕の計6人の小さな旅。自己紹介したり、いろいろ話をしながら坂道を歩いているといつの間にかずいぶん高いところに。進行方向の左手には瀬戸内海。とても眺めがいい。
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40分ほどでスダジイの森に到着。ここは豊島でもっともいい場所のひとつ。だけど、大勢で行くところではない。6人というのはちょうどいい人数だったかも。木々の間から落ちる光が風でわずかに揺らぐ。
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しばらく木々の間に佇んでから、森を抜けて小さな草原に出た。かばんから本をとり出して地面に広げる。みんなが各自選んだ1冊と、淺野さんが選んだ数冊の本。ヘンリー・デヴィッド・ソロー、ル・クレジオ、ギャレット・ホンゴー。そのまわりを囲んで座る。
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淺野さんが自身の活動と本について、話してくれた。ブックサロンの運営と編集や出版の活動を行っている淺野さんは、「本が好きなんですね?」という質問が一番困ると言う。
大学院まで進み文化人類学や民俗学という学問を学んだ淺野さんが、本から得たものは大きい。けれども、ブラジルに3年間滞在し、日系移民の調査をした体験は、彼の世界認識に強烈なねじれを生んだ。

それはブラジルに日本から最初の移民が渡ってから、ほぼ1世紀が経とうとしていたころだった。日本語とポルトガル語の単語が混成するコロニア語で語る古老たちは、ひとり、またひとりと亡くなっていった。彼らの語りから、貧しく本のない生活の中にも、生きる智慧と哲学があることを知った。
ある牛飼いとの出会いを経て、その仕事を手伝うようになった。干草の重さ、赤い土、老人たちの節くれだった手、そうしたすべてが確かな手ごたえをもっていた。そのままパスポートも捨てて、本のない世界の生活に突入しようと本気で考えた。でも、そうしなかった。本が彼を育て、鍛えたこともまぎれもない事実だからだ。
本のある世界と本のない世界。それは、全然別の世界のようにも思える。ともかく淺野さんは学問の世界からはドロップアウトし、日本に帰ってから本のない世界をつなぎとめるように本をつくった。本のある世界で、本のない世界を考えた。
もちろん、これは僕の翻訳ともいうべき文章。単純な間違いや注意不足による誤解があるかもしれない。ともかく淺野さんにとって本は、好きとか嫌いの基準で判断するものではなくなった。
続いて、広げた本の話に移っていく。(島ではないけれど)街から離れて自然の中で実験的な生活を試みたソローについて。あるいはル・クレジオ、高良勉、ゲイリー・スナイダー。僕にもうれしい名前が並ぶ。そしてギャレット・ホンゴー。文学のための文学からもっとも遠い人たち。人生の一回性を深く認識した世界記述者。ル・クレジオの名前に「石垣」という意味があるのを教えてもらい喜んでしまう。そして、もちろん島について。奄美や沖縄などの島をたびたび訪れ、島の詩人の本を出版してきた淺野さんだからこそできる話だった。
でも、もっともおもしろかったのは、本を読まずに、各自がもってきた本をパラパラとめくったこと。山の中腹の小さな草原で、本を風にさらした。本はカビや虫に弱い。僕らがやったことは、本をかばんの中に入れて持ち歩き、空気のきれいな場所で湿気を逃がしただけだ。本とのつきあい方は読むだけではない。
帰る前にスダジイの森をもう一度体験。森の中で1分間の瞑想。セミがよく鳴いている。風が木々の間を抜け、葉が擦れる。体の感覚が開いていくような感じ。
八十郎の家に戻ってから少し休憩して、小さな本作り。こえび隊も準備を手伝いつつ、一緒に参加。
A3サイズのコピー用紙の長い辺を半分に折る。これをもう2回繰り返すと文庫と同じサイズになる。通常、本はページのサイズの紙を束ねているのではなく、大きな紙を折ったものがベースになってできている。16ページ(あるいは8ページ)が基本単位で、その倍数のページ数で本ができているなど、本の基本的な仕組みを淺野さんが教えてくれる。この仕組みがわかると、手軽に本ができるのだ。
折った紙を広げて、淺野さんが見せてくれる見本をもとに数字を記入していく。一見バラバラに見えるこれらの数字が、折って閉じたときには順番通りに並んでページを示すノンブルとなる。
折った紙の背中の部分をホチキスでとめてから、袋状になっている部分をカッターナイフで切ると16ページの小さな本の原型ができた。
ここで先ほど持ち歩いた既成の本を各自とり出す。表紙にタイトルと著者を書き移す。それから既成本の(テキスト部分の)最初のページを、書き移していく。改ページのリズムは句読点が目安になる。手製本の15ページまで書いたら、16ページにはフロッタージュを施す。葉っぱや石など、なにか素材を選んで、14ページと15ページの間に挟む。16ページを色鉛筆でこすっていくと像が浮かび上がってくる。
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ほんの30分ほどで小さな本ができあがった。本の構造を体験しながら学んで、みんなも充実した表情。ちなみに僕は島尾伸三の『ひかりの引き出し』の小さな手製本をつくった。まさか、島尾伸三の文章を書き移すことになるとは!かなり疲れました。
書店に流通する商品としての本もいいけど、こういう手づくりの本もある。思い立ったときにザザッと手を動かしてつくれる本の魅力は、身近にある自然の中を歩いたり、畑の野菜をとって料理するのに近い。軽快な足並み、ワイルドなつくり。商品化と流通に専心した芸術が失ったソウルが、この小さな本にはある。

ちょっと疲れたけど、たのしいワークショップでした。参加者やこえび隊のみなさま、おつかれさまでした。これから、何か大切な出来事があったら、それを文章にして小さな1冊だけの本をつくるのもいいかもしれませんよ。淺野さん、どうもありがとう。これを機に本について僕ももう一度考えてみたいと思います。八十郎の絵本も、野生の力が宿るものにしたいです。
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8月7日(土)と8日(日)はサウダージの日。
サウダージ・ブックスの淺野卓夫さんが藤島八十郎の家に来て本のワークショップをしてくれる。
ワークショップの詳細はこちら

2年前に北海道で初めて会った。平等の人、オープンな人だった。それは今も変わらない。
本に対しては僕よりも広範なフィールドを歩き、前に進んでいる字義通りの先人。でも、本当にすばらしいのは、そうした彼の読書の成果を後輩たちに気前よく手渡していく態度。生き方、主義、習性、性質。どういってもいいけれど、嫉妬する必要もないくらい僕とは桁の違う人。
ともかく、うれしい。
ブラジルに3年ほど滞在したことがある淺野さんの人生は、その前と後ではまったくあり方が変わっている(と僕は思う)。過去というもう絶対に戻れない時制への淡くて深い思い。

淺野さんは本に拘泥した学者肌の人ではないし、ブック・ディレクターとかいう肩書きを作ってテキトーな仕事をしている人とも全然違う。それは僕にとって、藤浩志がいわゆるアーティストとは違う存在なのと同じことかもしれない。読書量と質の違いはいかんともしがたいけれど、ともかく淺野さんも僕も本から「世界」を学んだことは確かだ。

本というメディアは世界についての記述を常に行ってきた。現実世界について探求して語りつつ、一方でありえたかもしれない世界を提示し続けてきた。表現の方法は違うけれど、美術もまたそれらの役割を果たしてきた。世界の豊かさを教えてくれた。

6月からはじっくり本を読む時間がとれなかった。でも、本はただ待っているからいいのだ。ページを開けばどんな時制の、どんな場所にでも連結する。
山を登るように、冒険するように、ただ歩くように本を読みたい。そして、島。

香川県や岡山県周辺にいて島と本に関心がある人は、ぜひ8月7日(土)または8日(日)の13時45分に「藤島八十郎の家」(瀬戸内国際芸術祭、豊島23番)に来てください。
豊島は本当に豊かな島です。本をつくり、島を歩き、本を読む。豊かな時間をすごしましょう。
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藤島八十郎の家の様子。庭には虫がいっぱいいる。蜂の一種らしい羽虫が死んだクモを運んでいるのを見つけて、思わず撮影。

iPhoneで撮影してノー編集なので荒い映像。

アニメーションの語源がanimalだということを思い出す。英語のanimalに虫が含まれるかどうかよくは知らない。現実の生命の動きの美しさと、僕の友人が時間をかけてつくっているアニメーションのことを考えた。見つめてしまうことの不思議。映像的現実。
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