<   2010年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧

藤島八十郎の家で本のワークショップを行います!!
神奈川県の三浦半島から淺野卓夫さんに来ていただきます。
本が好きな人には偏屈な人が多い気がしますが、淺野さんは心の大きな人です。
本の人というよりは、ローカルな視点から世界をまるごと知覚しようとしている人、僕がもっともリスペクトする人です。
8月7日か8日に豊島に来る人で、島や本に関心がある人はぜひご参加ください。


本のワークショップ「島と本、本と島」
日時:8月7日(土)14時~
   8月8日(日)14時~
会場(集合場所):「藤島八十郎の家」(瀬戸内国際芸術祭2010作品番号23)
香川県小豆郡土庄町豊島唐櫃1035-6
ゲスト:淺野卓夫/ サウダージ・ブックス( http://saudadebooks.jimdo.com/ )
主催:藤島八十郎( http://hachijuro.exblog.jp/ )
申し込み不要(13時45分までに会場に集合してください。ワークショップ中は会場から離れて島を歩きます。約2時間のワークショップを予定しています)
問合せ先:島八(管巻三十郎/宇野澤昌樹)
     電話 090-3426-7527
 メール masaunozawa@gmail.com

※各日、ほぼ同じ内容のワークショップを行う予定ですが、多少の変更をする場合があります。


海にかこまれた「島」は、地理的な条件から必然的に独自の文化様式を育みつつ、他の島や地域と響きあう影響関係をもっています。独自性と関連性という一見矛盾する要素をもつ島の生活文化は、人間が土地に生きるために必要としてきた基礎的な創造性に支えられています。
島とは、いったい何なのか?世界中の島々で、豊かな文学が生まれ、芸術家が創造を行ってきました。それは、優れた文学者や芸術家が島に惹かれたということだけではなさそうです。
島に暮らす人にとって、創造行為は日常的なことです。近代的な商品流通システムではハンディキャップとなる地理的条件が、できることはなんでも自分たちでするという創造的姿勢を育ててきました。
島の外にいても、島の創造文化は波のようにおしよせてきます。美術や文学は、常に島の風土と文化に学び、影響を受けてきました。

このたび神奈川県の三浦半島でブックサロン「サウダージ・ブックス」を主宰する淺野卓夫さんを「藤島八十郎の家」にお招きし、ワークショップを行うことになりました。淺野さんには島や海についての本をお持ちいただきます。豊島の唐櫃の岡周辺を歩いたり、本をみんなで読んだりして、豊島と世界中の島について考えます。


■淺野卓夫(あさのたかお)
サウダージ・ブックス共同代表 。文筆・編集・出版のほか、書物文化にかかわるトークイベント、写真展・美術展・上映会の企画をおこなう。人類学を勉強するため、ブラジルに三年間滞在。サンパウロ奥地の日系移民の古老から聞き書きをおこない、本から遠く離れた世界で「旅する声」の教訓に耳と手で学ぶ。帰国後は、学問世界からドロップアウト。最近は奄美自由大学や山口昌男文庫の活動に関わり、大阪猪飼野の路地を時々さまよう。また沖縄、奄美、済州島、台湾へと島旅をつづけている。
http://saudadebooks.jimdo.com/

■藤島八十郎(ふじしまはちじゅうろう)
藤島八十郎は架空の人です。藤浩志と管巻三十郎が、島の人やさまざまな人たちとの関係によって藤島八十郎をつくろうとしています。
藤島八十郎は島の人が好きで役に立ちたいのですが、どこかズレてしまいます。役立たずの八十郎と呼ばれています。
不器用だし、何のアイデアもない八十郎ですが、島の人に喜んでもらえるようなステキなことをしたいと思っています。
[PR]
毎日、小さな広場に面した小さな商店に入る。田舎によくある古ぼけた店。
初めて入ったときは、品揃えに期待はできないと思いつつ戸を開けた。ところが店の中には驚くほどの商品が連なっていた。
野菜や肉、魚、冷凍食品、漬物、パン、ジャム、駄菓子にチョコレート、アイスクリーム、鍋、タッパー、たわし、蚊取り線香、帽子、サンダル、ノート、鉛筆、ボールペン、筆ペン、タオル、手ぬぐい。生活のために必要なものがほとんどあった。コンビニにおいてないものもずいぶんある。
いったいいつからおいてあるものなのか?と不思議に思うものもずいぶんある。流通のシステムがコントロールされたコンビニではありえない商品と時間の錯乱。

初めて店に入ったとき、おばちゃんが「どこから来たの?」と聞いてきたので、3月まで住んでいた首都圏の地名を答えた。
「あら、まぁすいぶん遠くから」
「おばちゃんは島で生まれた人ですか?」
「島生まれの島育ち。井の中の蛙」と笑いながら話すおばちゃんには品がある。つつましさと謙虚さ。おくゆかしさ。ひたすら主張しようとするアートが島の人から学ぶべき審美的態度はこういうところにあるはずだ。なのに芸術祭はいつまでたっても騒がしくて、僕は何も言いたくなくなってしまいそう。
ともかく小さな店の話を。島の人が必要とするものを仕入れて、店におく。自給自足の島でも、人はたくさんの種類の商品を購入する。専門店ではないから、同一商品を大量に仕入れて安く販売するというようなことはできない。「田舎の店じゃからのー。なんでも売らないといけんからのー。」
とおばちゃんは言っていた。
なんでもおいているその品揃えには一見、店主のこだわりのようなものはないように見える。島の人が必要としているものと、かつて必要とされていたのに状況が変わっていつまでも売れ残っているものが混在し、積み上げられた店からは、店の個性よりも地域の状況が見える。しかし、そのような店を毎日開け続ける人の姿勢に強く確かな意志と個性があるのだと思う。

そういえば、僕の先生がかつて「島は歩けば歩くほど広くなる」ということを書いていた。当時の僕は、それを歩けば歩いただけ発見があるというふうに解釈し、今年の4月から5月にかけて僕は毎日それを実感した。最近は忙しくて島を歩き回る時間がなくなったけど、家の近くにある便利屋は小さいのに見れば見るほどおもしろいものが見つかる。まるで島そのもののようだ。狭いのに見れば見るほど広くなる。
何を買おうかと迷っていると、おばちゃんが「田舎の店じゃからのー。お気にめすものがありますかのー」と話しかけてくれる。東京のどんな個性的なお店よりも、どれだけ品揃えが豊富な店よりも、豊島にある雑多な品揃えの便利屋の方が好きになってしまった。でも、たぶんその小さな店と島の人との関係は好きとか嫌いを超えたところにあるのだと思う。なんとなくだけど。もちろん僕がその領域に立ち入ることはできない。でも僕は島の小さな店が好きだ。
f0238058_7475178.jpg

[PR]
この人たちの話を聞いてほしい。そんなふうに思ってしまう人に、豊島で生活するようになってから何人も出会った。

明日から瀬戸内国際芸術祭が始まります。ものすごく名の知れたアーティストがたくさん参加している。そういうアーティストの作品を、ツアーで見てまわるのも、それはそれでいい。
どんな行為だって、体験すれば何かが見つかる。だからあなたが日帰りのアート観光客だとしても、それはそれでいい。
でも、それでは豊島の魅力はほとんどわからない。土地の豊かさ。島の人の魅力。

島のことを少しでも知ってほしい(もちろん僕だってほとんど何も知らないわけだけれど)。
この島の人がどんなふうに暮らしてきたのか?今何を考えているのか?
だから、僕は島の人と話す。島の小学生が知っていることを僕は知らない。幼稚園児のように無知な僕には、学ぶべきことがいくらでもある。

島の人がつぶやく言葉には、宝石のような輝きがある。
目の前の些細な現象から記憶の中にあるエピソードを引っ張り出し、思いつくまま話す。しまいには、まったく異なる話題で話が終わる。手品のように鮮やかに転換する話題と顔の表情。最高に気前のいい贈りものを受け取った僕は、いったい何ができるのだろう、と思い、途方にくれてしまう。

考えてみてほしい。この島がどんな場所なのか。どんな人が、どんな風に暮らしているのか。島の人の人生を想像してほしい。

f0238058_8284648.jpg

※写真撮影:ちゃび@こえび
[PR]