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ワークショップの告知です!

おおきなモノと藤島八十郎の庭をいじるワークショップ
日時:8月28日(土)、29日(月)。9時から5時の間。いつでも参加自由です。いつ帰ってもOK。途中、疲れたり、おなかが減ったり、休みたくなったら休憩します。.
会場:「藤島八十郎の家」(瀬戸内国際芸術祭2010作品番号23)
香川県小豆郡土庄町豊島唐櫃1035-6

8月28日(土)と29日(月)に「おおきなモノと藤島八十郎の庭をいじるワークショップを開催します。
危口統之さんが8月8日に行ったワークショップ「おおきなモノを建物に搬入しよう!」で使ったおおきなモノを、危口さんのご好意で藤島八十郎の家にいただくことになりました。おおきなモノは細い竹を組んだ構造体です。これをどう使ったらいいのか、何を作るのか、まだ何もイメージはありません。
とくに参加申し込みは必要ありません。ときどき休憩しながら、なんとなく1日中やってます。会場にいる管巻三十郎に声をかけてくれれば、八十郎の家が開いている間はいつでも参加できます。

架空の人物(つまり実在しない人物)藤島八十郎を、お客さんを含めたみんなでつくるのが『藤島八十郎』という活動です。豊島の人や豊島に関心がある人と一緒に何ができるのか実験したいと思っています。

何をつくるかまったく決めていませんし、おおきなモノがどうなるのかもわかりません。
庭の手入れをしたり散歩をしたりしながらイメージが浮かんでくるかもしれません。あるいは、竹の構造体を分解・分類してもいいかもしれません。
当日、来てくれる人によってやることも、できてくるものも違ったものになるでしょう。なんとなく八十郎が気になる人もぜひ遊びに来てください。
豊島に来て、危口さんが行ったワークショップを想像するだけでもおもしろいはずです。
なにもできなくてもかまいません。竹を触ったり、いじるだけでもいいです。

もうちょっと詳しいことを知りたいという人は、管巻三十郎(宇野澤)までお問い合わせください。といってもたいしたお知らせはできないのですが、できる限りお返事します。
メールアドレスと電話番号は下記の通りです。
 メール: masaunozawa★gmail.com
     ★を@に差し替えてください。
 電話:090-3426-7527
よろしくお願いします。
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藤さんは青森で森の中にこもって豊島の絵を描いているのかと思っていたら、なんとねぶたのシステムに注目していて絵は描いていないみたい。
そのへんがいかにも藤さんらしくて、やっぱりいい感じ。不自然なことをしてもよくないしね。
しかし、なんだかすごい偶然のような気がするのだけど、藤島八十郎の家でサウダージブックスの淺野さんがワークショップをしてくれた8月8日、同じ時間に島キッチンで危口統之さんの行っていたワークショップが藤さんがねぶたに注目するのと微妙にシンクロしているような気がしてならない。ピタリ、とではなく微妙なズレをもったシンクロ状態がうれしい。
危口さんの「おおきなモノを建物に搬入しよう!」というワークショップは、危口さんたちが竹でつくったおおきな構造物を唐櫃の公堂に搬入するというもの。入口がそれほど大きくないので、おおきな知恵の輪のような感じでみんなでああでもない、こうでもないと苦労しながら建物の中に入れる。危口さんは「みんなでものを搬入するのってそれだけでおもしろいから、ただそれだけをやろうと思った」というふうなことを言っていた。うーむ、たしかに搬入はおもしろい。つまらない展覧会も搬入はおもしろかったりする。なんだろう、あの感じは。
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実は淺野さんや僕たちも農民福音学校跡地に行く途中で寄り道(というかまわり道)をして、危口さんのワークショップの様子を見学してきた。
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なんだか、いい雰囲気。苦労している時間がおもしろいし、スリルがある。できあがった作品にはない、現場感。
そして、うれしいことに危口さんのご好意で、竹製おおきなモノを八十郎の家にいただけることになった。現在は3つにバラして、八十郎の庭においてあります。
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さてさて、搬入を難しくするためにつくられたおおきなモノを、どうやって使おうか?
近日中に八十郎の庭の整備とともに、このおおきなモノの使い方を考えるワークショップを実施したいと思います。本当は日常的にこういう素材をいろいろいじってもらえるようにしたいのですが…、芸術祭のパスポートを買ってもらった人にそういう体験をしてもらうようなことに芸術祭の事務局は無関心みたいで…。まぁ、とにかくできあがった作品を見せればいいということなんでしょう。
この芸術祭は、作る人、手伝う人、見る人とか、そういう立場を固定化することにばかり専心しているような気がする。そして、そういう固定化した関係が僕にとってはもっとも関心がもてないものだ。とてつもなく退屈。例えば、専門家ばかりの世の中っておもしろいですか?
豊島の人は、できることはなんでも自分でやります。すべてが商品の東京で、そこから外れた「素人の乱」の活動が数年前から注目されているけど、豊島の人はずっと前から「素人の達人」だ。僕にとってはアーティストよりも島の人のがよほどおもしろい。そして、多くのアーティストは島の人のおもしろさに気がついていると思う。でも、なぜか芸術祭はあんまりおもしろくなさそう。お客さんも大量の作品を見るのに忙しく、バスや船の時間が気になって島をゆっくり見る心の余裕はない。作品だけ見るならそれこそ美術館でいいはずなんだけどね。お客さんが悪いわけじゃなくて、芸術祭の仕組みの問題ですね。まぁ見ないでおもしろくないとか言うと「情報病」とか言われてしまうので、島とか地域と芸術祭の関係に興味がある人は、瀬戸内国際芸術祭に来ることをおすすめします。少なくとも豊島は、島そのものがおもしろいです。石垣がいいし、湧水がいいし、島の人がステキです。

とにかく危口さんはおもしろい人でした。島の盆踊りの練習に一緒に参加したり、いろんな話をしたり、いい経験をさせてもらいました。そういう人と出会えたのも芸術祭のおかげだし、そこは感謝したいです。危口さんも僕も、島の人から多くを学びました。それを、芸術祭に来てくれた人にどのように受け渡していくかという課題は大切にとりくみたいです。
竹製おおきなモノで何か作りたい人は、八十郎の家に遊びに来てください。ワークショップの実施が決まったらこのブログで告知します。もしくは、おおきなモノに興味をもってくれたお客さんと随時作業するとか、何かしらの仕組みを考えるとか、どうなるかはわかりませんが、何かしらのアクションをおこしていくつもりです。庭も荒れてきているんで、草刈りとか、掃除もしなくてはいけませんが、それもセットということでお願いします。
この件に興味のある人はメールをいただけると助かります。何か動きが生まれそうになったら、なるべくご連絡したいと思います。いろいろやることがあって、スムーズに連絡ができない場合もありますが、その際はご容赦ください。
とくに、こえび隊に登録している人が、ボランティア以外の日にこのおおきなモノをいじりたいと思った場合はご連絡をいただけると安心です。なんだか、明文化されていない拘束があって、いろいろうるさいんですよね。ごめんなさい。でも、こえび隊がプライベートでワークショップに参加するのは別に問題ないはず。たぶんだけど。まぁ、何を言ってくるかわからない組織だから、確実なことはなにもないのですが…。
メールアドレスは
masaunozawa★gmail.com
です。★を@に差し替えてください。よろしくお願いします。

えーと、青森のねぶたと何がシンクロしてたんだっけ…。構造体とか仕組みとか収納する仕組みとか、そういうことかな…。藤さんと僕の状況はいつもズレていながら、シンクロしているような気がします。でも、世界ってそういうものなのかも。
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8月8日(日)は淺野卓夫さんのワークショップ2回目。参加者は前日と比べるとだいぶ多い。
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本を1冊選んでもらってから散歩に出かける。今回の目的地は農民福音学校の跡地。
僕が瀬戸内国際芸術祭を機に神奈川から豊島に移住することになり、その準備をしていたころ、淺野さんから彼がブラジル滞在時代に出会ったワルテル・ホンマという日系1世の話を聞いた。
2000年から3年間ブラジルに滞在していた淺野さんは、日系農場コミューンで牛飼いをしていたワルテル氏から多くを学んだ。ワルテル氏は淺野さんが日本のアカデミズムの中で接してきた人間とはまったく違っていた。大学人のように本を読む人ではなかった。厳しい移民体験、過酷な労働と貧しい生活。書物とは無縁の場所で「世界とは何か」を思考し続けた人だった。
日本から離れてブラジルに根をおろして生活したワルテル氏は故国の人を煙たく思っていた。そのワルテル氏がほとんど唯一人心を開いた日本人が藤崎精一さんだった。日本では豊島農民福音学校を運営し、全国から集まる研修生に立体農業(現代の循環型農業に近い農業方法)の指導をしていた。その活動は国内に留まらず、立体農業の指導のために海外にも足を運び、ブラジルには6度も訪れていた。
ワルテル氏はしきりに「フジサキ先生」と口にしていた。その口ぶりから藤崎盛一氏を深く尊敬しているのがよくわかった。しかも、淺野さんはワルテル氏から「もしアンタが日本にもどることがあったら、自分の代わりにフジサキ先生の墓参りをしてほしい」と頼まれていた。
そんな話を聞いてから、今年の4月15日、僕は初めて豊島を訪れた。芸術祭のスタッフが地元の自治会長を紹介してくれた。その男性は藤崎盛清と名乗った。藤崎盛一氏のご子息、藤崎盛清さんだった。その後、藤崎盛清さんには言葉で説明できないくらいお世話になった。

1998年に豊島で藤崎盛一氏が亡くなった。
2002年にブラジルでワルテル・ユキオ・ホンマ氏が亡くなった。

本のワークショップといいながら、農民福音学校ゆかりの地を訪ねた。驚く人もいたかもしれない。でも、そうせずにはいられなかった。かつてブラジルの都市部から離れた農村地帯で藤崎盛一とワルテル・ホンマが出会った。時を隔てて、ワルテル・ホンマと淺野卓夫との出会いがあった。
それは本からも遠く離れた場所だった。実際、読書人としての我々に大きな収穫を気前よく提供してくれた書き手の中には、本のない世界に身を投じて考え、生活してきた人たちがいる。野生の思考。労働の智慧。本のある世界で、本のある世界のことしか考えられなくなることは不自由極まるし、本もつまらなくなる。本は本でない何かを常に記述してきた(それは芸術も同じことで、作品を見ることにばかり時間がとられ、島に訪れながら島を見れない芸術祭の仕組みは考え直すべきだと思う)。いずれにしても、本が世界を記述し人間の想像可能性を拡張してきたことは疑う余地がない。
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農民福音学校まで歩いてから、藤崎盛清さんに父・盛一さんや農民福音学校のことを説明していただいた。農業が近代化し、単一作物・大量生産が主流になっていった時代に、より大きな視点で立体農業を説いて実践した藤崎盛一氏の活動は興味深い。その教育の中に人間の本来的な意味での生活や創造についての洞察があったのは間違いない。
風が通る木立まで移動してから、前日と同様に各自本をとりだし、ページをパラパラとめくった。見ることばかりをお客さん(という設定の人たち)に強いて、参加する仕組みがあまりに貧弱な芸術祭で、本を読まずに風を通すのは痛快だった。八十郎の家ももっと工夫しないとね。
それから藤島八十郎の家に帰って、休憩の後、淺野さんがブラジルでのワルテル氏との出会いからはじまって今回の豊島のワークショップにいたる経緯を、その熱い気持ちとともに話してくれた。ふたりの故人、日系移民、本のない世界、立体農業、ブラジル、豊島。
本のワークショップという言葉からは想像もつかない話題。だけど、みんなが淺野さんの言葉に注目していた。ワルテル老人の熱が移ったかのように、我々も発熱していた。
淺のさんの話の後は小さな本づくり。これも前日と同じ。本を読むだけではなく、本をつくることによって、本との関係が変わる。本が本である前に、より大きな紙であること。大きな紙を折って閉じれば小さな本ができる。手書きのノンブルがふられた小さな16ページの手製本に、それぞれが選んだ1冊から書き写し、最後のページにフロッタージュを施し完成。藤崎盛清さんも参加して、手製の『森の生活』をつくっていた。これでワークショップは終了。
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参加者は満足してくれただろうか。僕にとってはとても手ごたえのある時間だった。充実しただけに、ひどく疲れた。でも、何かが終わって、また新しい何かがはじまる予感がした。藤崎盛清さんのご協力と淺野卓夫さんの友情に感謝。本当に本当にありがとうございます。
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8月7日(土)と8日(日)、サウダージ・ブックスの淺野卓夫さんを藤島八十郎の家に招き、ワークショップを行ってもらった。題して「島と本、本と島」。本のワークショップだけど、普通の意味での読書は行わずに、本をもって島を歩き、島と本について考え、そして本を作った。

8月7日。藤島八十郎の家で集合。まず淺野さんが用意した本と八十郎の本の中から、どれでもいいから1冊選んでもらい、それをかばんの中に入れて、スダジイの森に向かって出発。参加者2人とこえび隊2人、それに淺野さんと僕の計6人の小さな旅。自己紹介したり、いろいろ話をしながら坂道を歩いているといつの間にかずいぶん高いところに。進行方向の左手には瀬戸内海。とても眺めがいい。
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40分ほどでスダジイの森に到着。ここは豊島でもっともいい場所のひとつ。だけど、大勢で行くところではない。6人というのはちょうどいい人数だったかも。木々の間から落ちる光が風でわずかに揺らぐ。
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しばらく木々の間に佇んでから、森を抜けて小さな草原に出た。かばんから本をとり出して地面に広げる。みんなが各自選んだ1冊と、淺野さんが選んだ数冊の本。ヘンリー・デヴィッド・ソロー、ル・クレジオ、ギャレット・ホンゴー。そのまわりを囲んで座る。
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淺野さんが自身の活動と本について、話してくれた。ブックサロンの運営と編集や出版の活動を行っている淺野さんは、「本が好きなんですね?」という質問が一番困ると言う。
大学院まで進み文化人類学や民俗学という学問を学んだ淺野さんが、本から得たものは大きい。けれども、ブラジルに3年間滞在し、日系移民の調査をした体験は、彼の世界認識に強烈なねじれを生んだ。

それはブラジルに日本から最初の移民が渡ってから、ほぼ1世紀が経とうとしていたころだった。日本語とポルトガル語の単語が混成するコロニア語で語る古老たちは、ひとり、またひとりと亡くなっていった。彼らの語りから、貧しく本のない生活の中にも、生きる智慧と哲学があることを知った。
ある牛飼いとの出会いを経て、その仕事を手伝うようになった。干草の重さ、赤い土、老人たちの節くれだった手、そうしたすべてが確かな手ごたえをもっていた。そのままパスポートも捨てて、本のない世界の生活に突入しようと本気で考えた。でも、そうしなかった。本が彼を育て、鍛えたこともまぎれもない事実だからだ。
本のある世界と本のない世界。それは、全然別の世界のようにも思える。ともかく淺野さんは学問の世界からはドロップアウトし、日本に帰ってから本のない世界をつなぎとめるように本をつくった。本のある世界で、本のない世界を考えた。
もちろん、これは僕の翻訳ともいうべき文章。単純な間違いや注意不足による誤解があるかもしれない。ともかく淺野さんにとって本は、好きとか嫌いの基準で判断するものではなくなった。
続いて、広げた本の話に移っていく。(島ではないけれど)街から離れて自然の中で実験的な生活を試みたソローについて。あるいはル・クレジオ、高良勉、ゲイリー・スナイダー。僕にもうれしい名前が並ぶ。そしてギャレット・ホンゴー。文学のための文学からもっとも遠い人たち。人生の一回性を深く認識した世界記述者。ル・クレジオの名前に「石垣」という意味があるのを教えてもらい喜んでしまう。そして、もちろん島について。奄美や沖縄などの島をたびたび訪れ、島の詩人の本を出版してきた淺野さんだからこそできる話だった。
でも、もっともおもしろかったのは、本を読まずに、各自がもってきた本をパラパラとめくったこと。山の中腹の小さな草原で、本を風にさらした。本はカビや虫に弱い。僕らがやったことは、本をかばんの中に入れて持ち歩き、空気のきれいな場所で湿気を逃がしただけだ。本とのつきあい方は読むだけではない。
帰る前にスダジイの森をもう一度体験。森の中で1分間の瞑想。セミがよく鳴いている。風が木々の間を抜け、葉が擦れる。体の感覚が開いていくような感じ。
八十郎の家に戻ってから少し休憩して、小さな本作り。こえび隊も準備を手伝いつつ、一緒に参加。
A3サイズのコピー用紙の長い辺を半分に折る。これをもう2回繰り返すと文庫と同じサイズになる。通常、本はページのサイズの紙を束ねているのではなく、大きな紙を折ったものがベースになってできている。16ページ(あるいは8ページ)が基本単位で、その倍数のページ数で本ができているなど、本の基本的な仕組みを淺野さんが教えてくれる。この仕組みがわかると、手軽に本ができるのだ。
折った紙を広げて、淺野さんが見せてくれる見本をもとに数字を記入していく。一見バラバラに見えるこれらの数字が、折って閉じたときには順番通りに並んでページを示すノンブルとなる。
折った紙の背中の部分をホチキスでとめてから、袋状になっている部分をカッターナイフで切ると16ページの小さな本の原型ができた。
ここで先ほど持ち歩いた既成の本を各自とり出す。表紙にタイトルと著者を書き移す。それから既成本の(テキスト部分の)最初のページを、書き移していく。改ページのリズムは句読点が目安になる。手製本の15ページまで書いたら、16ページにはフロッタージュを施す。葉っぱや石など、なにか素材を選んで、14ページと15ページの間に挟む。16ページを色鉛筆でこすっていくと像が浮かび上がってくる。
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ほんの30分ほどで小さな本ができあがった。本の構造を体験しながら学んで、みんなも充実した表情。ちなみに僕は島尾伸三の『ひかりの引き出し』の小さな手製本をつくった。まさか、島尾伸三の文章を書き移すことになるとは!かなり疲れました。
書店に流通する商品としての本もいいけど、こういう手づくりの本もある。思い立ったときにザザッと手を動かしてつくれる本の魅力は、身近にある自然の中を歩いたり、畑の野菜をとって料理するのに近い。軽快な足並み、ワイルドなつくり。商品化と流通に専心した芸術が失ったソウルが、この小さな本にはある。

ちょっと疲れたけど、たのしいワークショップでした。参加者やこえび隊のみなさま、おつかれさまでした。これから、何か大切な出来事があったら、それを文章にして小さな1冊だけの本をつくるのもいいかもしれませんよ。淺野さん、どうもありがとう。これを機に本について僕ももう一度考えてみたいと思います。八十郎の絵本も、野生の力が宿るものにしたいです。
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8月7日(土)と8日(日)はサウダージの日。
サウダージ・ブックスの淺野卓夫さんが藤島八十郎の家に来て本のワークショップをしてくれる。
ワークショップの詳細はこちら

2年前に北海道で初めて会った。平等の人、オープンな人だった。それは今も変わらない。
本に対しては僕よりも広範なフィールドを歩き、前に進んでいる字義通りの先人。でも、本当にすばらしいのは、そうした彼の読書の成果を後輩たちに気前よく手渡していく態度。生き方、主義、習性、性質。どういってもいいけれど、嫉妬する必要もないくらい僕とは桁の違う人。
ともかく、うれしい。
ブラジルに3年ほど滞在したことがある淺野さんの人生は、その前と後ではまったくあり方が変わっている(と僕は思う)。過去というもう絶対に戻れない時制への淡くて深い思い。

淺野さんは本に拘泥した学者肌の人ではないし、ブック・ディレクターとかいう肩書きを作ってテキトーな仕事をしている人とも全然違う。それは僕にとって、藤浩志がいわゆるアーティストとは違う存在なのと同じことかもしれない。読書量と質の違いはいかんともしがたいけれど、ともかく淺野さんも僕も本から「世界」を学んだことは確かだ。

本というメディアは世界についての記述を常に行ってきた。現実世界について探求して語りつつ、一方でありえたかもしれない世界を提示し続けてきた。表現の方法は違うけれど、美術もまたそれらの役割を果たしてきた。世界の豊かさを教えてくれた。

6月からはじっくり本を読む時間がとれなかった。でも、本はただ待っているからいいのだ。ページを開けばどんな時制の、どんな場所にでも連結する。
山を登るように、冒険するように、ただ歩くように本を読みたい。そして、島。

香川県や岡山県周辺にいて島と本に関心がある人は、ぜひ8月7日(土)または8日(日)の13時45分に「藤島八十郎の家」(瀬戸内国際芸術祭、豊島23番)に来てください。
豊島は本当に豊かな島です。本をつくり、島を歩き、本を読む。豊かな時間をすごしましょう。
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藤島八十郎の家の様子。庭には虫がいっぱいいる。蜂の一種らしい羽虫が死んだクモを運んでいるのを見つけて、思わず撮影。

iPhoneで撮影してノー編集なので荒い映像。

アニメーションの語源がanimalだということを思い出す。英語のanimalに虫が含まれるかどうかよくは知らない。現実の生命の動きの美しさと、僕の友人が時間をかけてつくっているアニメーションのことを考えた。見つめてしまうことの不思議。映像的現実。
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 8月4日は第1水曜日なので、月に1回資源ゴミの日。
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朝早く、空き缶やビンを収集場所にもって行った。すると、近所のおばちゃん2人が、ゴミの分別をしていた。当番制みたい。都市部では自治体が業者に委託して行っていることも島の人たちは自分たちでやっている。それは必要にせまられてのことかもしれないけど、はっきりいって圧倒的に美しいことだ。僕は掃除が下手なので、よけいにそう思う。ちなみに資源ゴミの収集は行政が行っています。調べたらアルミ缶を小学校で回収しているそうで、地域の老人会がそれに協力しているそうです。たしかにアルミ缶も分別して、業者にもっていけばお金になる。学校の予算が少ない地域では重要な活動資金なのかも。それを地域の老人たちが手を貸しているということのようです。
もちろん、僕が過去に住んでた地域でもゴミ収集場所の清掃はその近所の人が行っていた。しかし、豊島の場合はできることは自分たちでやるという意志と助け合いの意識の両方がしっかり根付いているのだ。
 だいたいは捨てる人が分けて置いてくれているのだけれど、それでもアルミ缶の中にスチール缶が混ざっていたり、缶の中に飲料が残っていたり、瓶の色が間違っていたり、おばちゃんたちはけっこう大変そう。そもそも瀬戸内国際芸術祭という大きなイベントがはじまってゴミがものすごく増えている。結局、僕も微力ながらお手伝いをすることにした。
 空き缶のアルミとスチールの分別を確認していると、やたらにタバコの吸殻が入った空き缶がいっぱいでてきた。おばちゃんたちも「困るなぁ…。こんなことなかったんやけどな」と言っている。タバコを吸う人はいても、吸殻が入った空き缶が資源ゴミにこんなにたくさん出されたことはなかったそうだ。
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おばちゃん2人と僕で、けっこうな苦労をして缶から吸殻を出す。おばちゃんは僕が芸術祭が理由で島にいるのを知っているので、芸術祭のことをあまり悪くは言わない。僕には「手伝ってくれてありがとうね」と言ってくれる。僕は島の人の心に触れてうれしい気持ちと、やたらに仰々しい芸術祭に対しての複雑な気持ちで言葉がでない。
 ゴミが増えて地元の人が苦労する芸術祭は美しくない。実行委員会は資源ゴミを出す日の前日ぐらいこえび隊を島に宿泊させて、ゴミの整理を手伝えばいいのに。
 藤さんの言う「誰と」の関係のことを考える。「誰と」一緒に行うかで、同じこともたのしかったりつまらなかったりする。僕は島の人が好きなので、ゴミ分別もたのしい。ここで一緒に作業した経験は僕にとっての財産。突然、今は青森にいる藤さんや一緒に苦労してくれたこえび隊の仲間のことを考える。彼らだったら島の人と行う掃除をきっとたのしんでくれたと思う。あるいは、東京や桜島で一緒に苦労した仲間たち。僕の失敗を許し、見守ってくれた人たち。彼らなら島のおばちゃんの心が傷つくことを僕と一緒に憂い、ただ黙って掃除に参加するに違いない。
 結局は審美的態度の問題なのかもしれない。ゴミの出し方の酷さを嘆き、それでも休まずに動き続け作業するおばちゃんの心は美しい。そういう人たちに目を向けず、来場者の数を誇っていては芸術祭は美から遠ざかってしまう。
 心美しき人たちと作業した時間は充実している。島の人たちにひたすら感謝です。いつも、本当にありがとうございます。
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 今日は久しぶりにこえび隊が来てくれた。なんとハワイから。アメリカ人の父親と日本人の母親の間に生まれたエイミーは、ハワイの高校生。しっかりとした意見をもって話す様子に、すっかり大人だと思ってしまった僕は、途中で高校生と教えてもらいびっくり。毎夏、祖母のいる日本に来るというエイミーの日本語はかなり自然だけど、本当の母語は英語。どことなくカタカナで表記したくなるカラフルな音の日本語を使う。「おっとっと」ではなく「オットット」とか、そんな感じ。
 アート系の高校に通っているというエイミーは受付の合間にドローイングやスケッチをしてくれて、八十郎の家をたのしんでくれた。
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 高校を卒業したらどうするの?と訊くと「たぶんメインランドでデザインの勉強するために大学にいきます」と言う。その「メインランド」という島からの視点の単語が、トゲのように僕の心に刺さる。でも、もちろんエイミーには普通の言葉。それからもエイミーはお客さんがいないときにはダンゴ虫やイモ虫を無邪気にいじっていた。
 そして昼食の後の穏やかなひととき。のんびりしていたら、突然の放送音。近くで行われるイベントの告知。やたらに大きな音、大きな声。過剰に明るい口ぶりで案内されるイベントへの誘い。驚くエイミーと毎度のことにうんざりする僕。エイミーは「何、これ?」という。イベントの案内であることを説明すると、「島の人に迷惑デスネ」というエイミー。結局「そうなんだよね。これをやっている人も仕事だからやっているだけなんだけどね」という僕のとてもつまらない発言で会話は途切れた。たっぷりの沈黙の後、エイミーが「戦争みたい」とつぶやく。僕らは話題を変えた。危険地帯を避けて歩くように。
 やがてハワイのワンダーガールはどうしたことかセミの抜け殻を集めだした。手のひらいっぱいの抜け殻を持って歩く高校生はまぶしいくらい健康的。ちょうどいい空き瓶がなかったので、ビワの種が入っていた瓶から中身をとりだして洗った。瓶が乾いたらセミの抜け殻を入れるためだ。抜け殻はとりあえず受付のテーブルの上に山にしておいた。
 豊島タワーをつくってくれた藤崎さんが今日も来てくれた。エイミーがハワイに住む日系人だということから、なんとなく再びハワイや島の話に。「メインランド」という言葉に興味をもったことを僕がエイミーに告げると、「だって(メインランドを)アメリカって言うのは変だから。でも、メインランドの人にはメインランドと言っても通じない。わかってくれない。」とエイミー。
 「豊島の人も、高松を本土と言うからな」と藤崎さん。だけど、藤崎さんの両親が九州出身で、藤崎さんはいわば豊島の移民2世であることを、藤崎さんも僕もエイミーに説明しなかった。あまりに話がややこしくなるような気がして。
 それでも、どこかと隔たった小さな土地=島について3人が同じ時間に考えたことは確かだ。ごく短い時間だったけど。3人の考えていたことは、きっとそれぞれ違う。僕が考えていたのは、「メイン」ではない場所、メインランドの外側でありつつ、また別のどこかとの間にある場所。八十郎の家に貼ってある豊島の唄がもともとはハワイの唄で、それに日本語の歌詞をつけたものだということ。あるいは、豊島で藤崎さんに出会えた不思議。そしてエイミーの存在自体が邦と邦の間で揺れる「シマ」であること。人の心が島であること。悲しいでもなく、うれしいでもない。しかし、そのどちらでもある島という状態。メインランドから離れた場所で生きる選択をした人たちと、その子どもたち。
 おもしろいことに、それからテーブルの上においてあるセミの抜け殻に話題が移った。「それ、どうしたの?」という藤崎さんに、エイミーはついさっきこのあたりで拾ったことを話す。「ハワイにはセミがいないんです。メインランドにはいます。日本のセミとは違うけど」と言うエイミーは、藤崎さんと僕にゲームをしかけているような気もする。なんとなくだけど。でも、ただ豊島と八十郎の家を無邪気におもしろがっているようにも見える。
 しばらくして、仕事に戻るという藤崎さんは帰り際に「あの抜け殻はなんというセミか知っていますか?」と僕とエイミーに問いを発した。首をふる僕らに、藤崎さんは「クマゼミです」と教えてくれた。その呼称は体の大きさによるものだろうということ、鳴き声がミンミンゼミとは違うこと、関東にはいないだろうけど温暖化でその生息地も変化している可能性があることなどが話題に上った。
 藤崎さんが帰った後もエイミーは八十郎の庭を歩きまわり、小さな虫をつかまえてはたのしそうにしていた。エイミーがサンダル履きのまま草むらの中に入っていったので、ムカデに注意するように言うと、「ウヒャー」と叫びながら走って逃げてきた。ワンダーガールもムカデは嫌いみたいだ。「ハワイにもムカデがいっぱいいます。ダイキライデス」断定的な意味の部分が平板な音で強調されておもしろい。
 あっという間に夕方。瓶はまだ完全には乾燥してなかったので、僕は瓶の中にタオルを入れて拭いてから、エイミーに手渡した。クマゼミの抜け殻を瓶の中に入れてテーブルの上においたエイミーは、てきぱきと荷物をまとめてから大きな声で「アリガトウゴザイマシタ」と言って去っていった。
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