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前回のブログを書いてから、たくさんの人たちにご心配をいただいております。
ひとまず藤島八十郎の家は撤去ということになりました。ご報告が遅れて申し訳ございません。
藤島八十郎をつくる活動に参加してくれた人たち、応援してくれたみなさん、本当にありがとうございました。

北川フラム氏には、12月18日に今後のことを相談させていただきました。こちらからプランを出せば検討してくれるようにご配慮もいただきました。しかし、藤さんと相談して今回はプラン提出を見送り、八十郎の家は撤去するという選択をしました。一度リセットして、もっといい形で八十郎をつくる活動を展開する機会がきっとあると思うので、それまで様子をみたいと思います。
そんなわけで、12月下旬に八十郎の家をかたづけました。
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(写真はすべて農園主さん撮影です)
ちょっと寂しいですが、藤島八十郎の活動は今後もなんらかの形で継続できるような気がしています。それに絵本のためのエピソードもまだだし…。これは僕がのろのろしていただけなので、1月と2月で進めていきます。ネタはどんどんたまっているので大丈夫です。
八十郎の活動に参加、ご協力、応援してくれたみなさん、本当にありがとうございました。
2010年もあとわずかですが、よいお年をお迎えください!
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ことの顛末は藤浩志さんのブログにあるとおりですが、あらためて説明しておくと、管巻三十郎(宇野澤)すなわち僕の瀬戸内国際芸術祭実行委員会に対する態度があまりにも悪いということで、北川フラムさんから藤さんがお叱りを受けました。
これは実際にその通りで、僕も反省するところが多いにあります。今さらですが、北川さんにお会いしてお詫びを申し上げたいと思います。
実行委員会のみなさんを不愉快な気持ちにさせてしまったことも想像に難くないです。ご迷惑をおかけしました。

この件は100%僕に非があります。僕が参加しない形で藤島八十郎をつくる活動が継続していけたら、それが望ましいことだと思います。もちろん僕が意見をどうこう言える立場ではありません。北川さんをはじめ実行委員会の判断がまず大事です。芸術祭のおかげで八十郎の活動も成立していたのに、その芸術祭に対して僕の態度はあまりに不誠実でした。

とくに芸術祭について反対の立場をとるつもりもないのですが、そう誤解されてしまった原因は僕の発言を含めた振る舞いにあるのですから自業自得です。
どんな派閥にも属せないし、属そうとしないのが僕です。芸術祭に参加している以上、芸術祭を推進していく立場なのですが、そこにいることは僕個人にとっては不自然なことで、まったく息苦しい経験でした。要するに社会的なルールを守れていないのだから、どれだけ非難されてもしかたがありません。

しつこいし、言い訳がましいですが、芸術祭反対派ではありません。
4月から豊島で生活し、たくさんの島の人にお世話になりました。島には芸術祭を応援してくれている人もいるし、無関心な人もいるし、あまりよろしく思っていない人もいます。豊島に訪れたばかりのころ、芸術祭への関心がどうあるかということ以上に、典型的な「島の人」というイメージを超えた多様なキャラクターが豊島にいることに僕は驚きました。芸術祭についてどんな意見をもっている人であろうと、その人が島でどのように生きてきたかを学んでいきたいというのが豊島と関わる僕のモチベーションになっていきました。
豊島の人の多くがかつては牛を飼っていました。ミルクの島と呼ばれていたこともあったそうですが、畜産業の構造の変化によって、酪農を豊島で行っても収益が上がらなくなり、今ではほとんどの家が牛を手放しています。
また豊島は石も有名で、かつては石工もたくさんいたようです。これも中国産の安い石が輸入されるようになって、石工さんも徐々に減少しているようです。
豊島で今生活している人たちは多くが、そうした社会構造の変化が理由で職業を変えた経験をしています。都市部に移住すれば、仕事も見つかりやすいはずですが、島に生きることを選択し、そのための生業をつくってきた人たちです。過去の仕事をあきらめ、彼らにとっての新しい生き方に身を投じた人たちです。挫折を心の底に沈めたまま、希望をもち、前向きに生きている島の人たちが僕は好きです。あきらめと希望、期待と不安。僕が豊島で行いたいのは、常に拮抗するふたつの気持ちを抱えた島の人の人生を肯定することです。そのことにはっきりと気がついたのは、つい最近のことで、芸術祭の会期が終了してからですから、まったく我ながら間抜けです(蒙を啓いてくれたのは友人のアーティストでした。ありがとう、ありがとう)。

だから芸術祭については反対ではないのですが、島の人を芸術祭に協力的な人とそうでない人に分けて見るような状況が僕には耐えられなかったのも事実です。誤解のないようにいっておくと、その状況とは、実行委員会が島の人をどう見ていたかということだけではなく、芸術祭にどういう態度をとっているかを島の人同士でもお互い観察しあう程、芸術祭が島をおおっていたということです。
しかし、だからといって僕の態度が正しかったと主張したいわけではありません。幼稚な振る舞いをして関係者のみなさんにご迷惑をおかけしたことを、申し訳なく思っています。

僕としても自分が参加している藤島八十郎をつくる活動の部分で芸術祭に貢献していきたいとは思っていました。結果的には、何かある度に幼児のごとく振る舞い、芸術祭に迷惑をかけてしまっていて、バカというしかありません。

北川フラムさんをはじめとする実行委員会のみなさまにはご迷惑をおかけいたしました。申し訳ございません。

藤浩志さんの期待も裏切るようなことになってしまったのは誠に残念です。我ながら情けないです。
芸術祭というフレームを前提にするのであれば、僕よりも適切な人材はたくさんいるはずなので、そういう人が豊島で藤さんと活動してくれることを願っています。

「藤島八十郎をつくる」活動にご協力いただいたみなさん、応援してくれたみなさん、本当にごめんなさい。
この件を反省し今後は、芸術祭期間中の八十郎の活動と豊島での滞在で得た知見を文章化することに専心したいと思います。どうか、よろしくお願い申し上げます。
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