<   2011年 02月 ( 1 )   > この月の画像一覧

豊島は石の島だ。もちろんそれは豊島を形容する数ある文言のひとつでしかない。しかし、現在人口約1000人の豊島にかつては3000人ほどの人が生活していた。そして、そのうち約1000人(つまり今の島の人口と同じくらいの人数)が石工の仕事をしていたという。豊島に初めて訪れたとき、港から乗った車の中でKさんがそう説明してくれた。なるほど、確かに豊島は石の島だ。一緒に来た藤さんは何度目かの来島だが、初めての僕はやはり心が躍った。島のいたるところに石の仕事がある。数日もすると、地蔵がやたらに多いことに気がつくのだが、なんといってもすぐに目についたのは石垣だ。山頂を中心とした円を描くように走る主道と、そこから枝のように伸びる路地のいずれにも、いたるところに石垣が見られる。
壇山を登れば、豊島も桜島と同じで島に山があるのではなく、山が島であることがわかる。上空から見た島の領域は山と水の水位の関係によって描かれる仮のアウトラインでしかない。島と海を隔てる線分は確かに存在するけれど、それはいつも揺らめいている。島は、島である前にまず山なのだ。
そして、それが石の山であることも深く納得する。大きな岩、石の塊としての島がある。人を超える大きさの岩を人が扱う大きさに変える。島を砕いて石にする。石は島のカケラだ。それを連ねて石垣を造る。島だったものが人の手によって砕かれカケラとなり、やはり人によって構成されて石垣として再び島の一部になる。
むき出しの岩、大きな石を見る。動物や植物とは決定的に異なる硬さと不動。石の島で土と水、植物、動物がそれぞれの時間を動き、島をしてきた。ヒトの活動もそれらの動きの連なりの延長にある。
ともかく豊島生活の初日から石はやたらに目についた。唐櫃の岡を案内してもらった後、島の南側の集落、甲生に移動した。甲生で芸術祭が借りた家で、豊島に何度も訪れて島をもっともよく学んだアーティストの一人、青木野枝さんに会った。それから藤さんや案内してくれたKさん、青木野枝さんたちは高松に移動してしまい、僕は一人でその家に泊まることになった。石の島での生活が始まった。
すぐ近くの海辺まで散歩すると水面に光が反射していた。石が積み上げて造られた堤防を波が洗っていた。
[PR]